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私を変えた言葉

Vol.19 人の一生は重荷を負ひて、遠き道をゆくが如し。いそぐべからず。


?人はみな、役目を持って生きている?
 福岡市の筥崎宮で権宮司を務めています。筥崎宮といえば、秋にある「放生会大祭」や正月の「玉せせり」が皆さんには馴染み深いかもしれません。ちなみに神職の役職について、会社にたとえるならば宮司が社長、権宮司は副社長、禰宜は部長にあたります。権宮司に就任している私は、神事のほか、財務も担当しています。

 筥崎宮の歴史は長く、現宮司(父・靖邦)で56代目になります。私もお宮の跡継ぎという自覚が小さい頃からありました。大学で神道学を学んだ後は、明治神宮で7年間務め、その後、筥崎宮に戻りました。1年目は禰宜で、2年目から権宮司という重責を担うことになりました。

 ちょうど3年前、日光東照宮さんの冊子を見ていたとき、徳川家康公の御遺訓に出会いました。家康公は、戦国時代を生き抜いた忍耐の人です。また、江戸幕府を開いて260年安定を保った政権の礎を築いた人でもあります。御遺訓は、実際はもっと長いのですが、今回は始まり部分のみ紹介します。この文章はいつも手帳に挟んでいます。

 はじまりに「人の一生は重荷を負ひて」とありますが、私も宮司を継ぐという〈重荷=役目〉を背負って生きています。でも、人間誰しもそうした役目を持って生きているのではないでしょうか。私は宮司の跡継ぎという特殊な役目で、伝統や歴史を護っていかなければなりません。重たいから誰か他人に背負って欲しいというわけにはいきません。これからも日々神職の業務を全うし、お宮を護りながら国の礎を次に伝えるべく重荷を負いて生きていくことが、私の役目なのだと思っています。


田村 邦明(Tamura Kuniaki)

福岡市東区箱崎にある筥崎宮の権宮司(ごんぐうじ)。1993年、明治神宮に奉職。出仕、権禰宜(ごんねぎ)を経て、2000年に筥崎宮へ戻り禰宜に就任。翌年、同宮にて権宮司に就任し、現在に至る。1968年、福岡県生まれ。
http://www.hakozakigu.or.jp/

私を変えた言葉 記事一覧

 

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Vol.14 ピンチはチャンス

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